当記事を覗いていただき、ありがとうございます。
本日は、いよいよ内憂外患の様相を鮮明に呈し始めているロシアの社会問題を見ていきたいと思います。
プーチン大統領は去る19年2月に議会上院で年次教書演説を行いました。これは大統領が今後の基本的な施政方針を公表する場であり、国内外の報道機関や研究機関が注目する演説です。
「新冷戦」と言われて久しい昨今、例えば18年の同様の演説でプーチン氏は、(米国の)いかなるミサイル防衛システムをも突破する極超音速システムや、その他の最新鋭兵器をスクリーン上に陳列し、軍事的な対欧米色をアピールしました。
(18年3月の年次教書演説の様子。原子力潜水艦を始めとする軍事兵器刷新をアピール: TBuより)
内政重視鮮明の19年
しかしながら、今年は各種メディアが報道する通り、国内情勢にも重視する姿勢を打ち出しました。無論、米国のINF全廃条約破棄を念頭に、米国が欧州に中距離ミサイルの配備を増強すれば「相応の対抗措置を取る」として、対米強硬的な発言も隠しませんでした。
内政重視とは具体的には、国内経済、少子化、貧困、環境汚染などの諸問題に対する政策の見直しのことです。
プーチン氏はシロヴィキ(軍事関連省庁の出身者)の代表格であり、初めての大統領就任の2000年前後から、チェチェン戦争、グルジア戦争、(ベスラン学校占拠事件などの)各種テロリズムなどで対外的に強硬姿勢を示してきました。
一方の国内では、欧米諸国を仮想敵国と見立てたうえでのロシアの「超大国復活の立役者」として自身の支持率を維持してきました。このような通り一辺倒の手法が功を奏した典型例が、最近のウクライナ内戦への介入とクリミア併合です。
●拍車がかかる支持率低下
しかしながら、長期政権への国民の忌避感と18年の年金支給開始年齢の引き上げが決定打となって、支持率の低下が顕著になっていきました。
レバダ・センターなどの世論調査によると、年金改革法案の可決直後のプーチン政権に対する支持率は概して30%台(クリミア併合後は80%台を誇っていました)に急落、一敗地に塗れた数字の回復を果たせぬまま今日に至っている状況です。
対外強硬主義で国内の愛国心を扇る手法の効果が薄れるなか、今回の年次教書演説で内政重視に転じたのは、支持率低下を何とか切り抜けたいという同氏の焦りの現れというのが一般的な見方です。
●国内経済改革
上述の通り、今回の演説のテーマの一つとなったのが、国内経済の構造改革でした。プーチン大統領はハイテク産業、特にデジタル経済への発展を目指すとし、ビジネス環境の改善を訴えました。
同氏は2000年の初めての大統領就任以降、故エリツィン大統領が招いた国力低下を回復させるため、巨大石油関連企業に対する確実な徴税へ向けた税制改革や欧米への資本逃避を阻止するための天然資源業界の国有化などといった強行策を演じてきました。
こうした政策は当時の原油高を背景に国内経済の成長に多大なる貢献を果たしました。wikipediaによると、2000年~2008年の間の実質GDP成長率は7%。つい最近の中国の成長率と同程度の推移を果たしています。
しかしながら、天然資源輸出依存型モデルからの脱却は依然として進まず、メドベージェフ前大統領も声高に唱えていた「現代化」も単なるスローガンにとどまっている状況です。
天然資源に依存する経済は国際的な原油価格やそれに連動する天然ガス価格に大きく左右されるため、不安定とされています。こうした懸念から、他例ではサウジアラビアが石油依存型モデルからの脱却を進めています。
現状として、ロシアでは欧米からの経済制裁やルーブル安、増税などの影響で2019年GDP成長率予想は1%台(経済発展省、ロシア中央銀行)で、プーチン大統領の発展目標シナリオ(いわゆる「5月の大統領令」)が掲げる「五大経済大国への仲間入り」には程遠いのが実情です。
この他、演説では同氏はインフラ整備の重要性も提唱し、経済紙ベドモスチによると、地方の道路環境の改善状況に応じて知事を評価するシステムの導入も検討されています。
●少子化対策
ロシアには「母親資本」という多子家族を資金的に支援する制度があります。2人以上を産んだ(養子を迎え入れた)夫婦など一定条件を満たした人に付与される行政サービスですが、演説では少子化対策の一環として、こうした家庭への減税も発表されました。
ロシアでは既に女性の国外流出が社会問題化しており、18歳~24歳の若者を対象にした18年12月の世論調査では、「国外に移住したい」と考える人の割合が41%(産経新聞)に達したことがわかりました。既に多くの著名人や政治家が英国などの教育施設に子供を送っているのは、ロシア国内での教育を嫌厭している現れと言えるでしょう。
●環境汚染対策と実情
プーチン大統領は環境汚染についても言及し、「”黒い雪”やスモッグが日常的に発生するような工業都市の環境下では、健康的な生活は送れない」と発言、環境破壊を引き起こしやすい企業への産業廃棄物の排出規制を強化する政策の実施が、今後効果を発揮し始めることをアピールしました。
(i)ゴミ山問題
また、同氏は、現在ロシアには約2万2千ものゴミ山が存在しているとし、特に汚染対策が進んでいない地域では清潔な飲料水の確保が急務であるとの認識を示したうえで、産業廃棄物をリサイクルする最新テクノロジーの導入と制度設計への用意があると訴えました。
(モスクワ郊外のゴミ山の一例(17年)。ロシアでは不法投棄物が集まったゴミ山が森林中から発見され、訴訟に至るケースが頻発している。写真はrbc.ruより)
中堅都市チェリャビンスクでは、既存のゴミ山が閉鎖されたこととの関連で、18年秋頃からゴミ処理業者がストライキを実施、街のあちこちでゴミが溢れる事案が発生しました。
(BBCロシア版より)
(ii)アルハンゲリスクへのゴミ置き場移設問題
18年に大都市モスクワの溜まった産業廃棄物をロシア北部アルハンゲリスク州に移す計画が始動しました。
ゴミ置き場の移設先は同州のシエス(Шиес)というモスクワから1200km離れた地区です。住宅地から遠く、輸送に適した地域であるという理由で同地区が選定されましたが、18年夏に新しいゴミ置き場の建設に周辺住民が気付いたことで移設計画が巷間に流布されました。
(アルハンゲリスク州シエス駅に隣接するゴミ置き場の工事現場: 7x7-journal.ruより)
鉄道沿線の森林を伐採して、ゴミ置き場を新設する様子が上写真(18年11月)からわかります。
ゴミ置き場新設が発見された夏から、アルハンゲリスクでは抗議デモが発生しました。19年3月現在でも、デモは頻発しており、抗議者による道路の遮断や建設現場への侵入が相次いでいます。
(2月24日に開催された大規模デモ)
以上のような一般的な社会の問題に不満を抱く民衆のデモは、往々にして反プーチン運動に繋がるため、クレムリンにとっては神経質にならざるを得ない懸念事項となっています。19年の年次教書演説が内政重視に傾いたのは、こうした事情を色濃く反映していると想像できます。
次回の②では、環境汚染問題の続きと、社会に蔓延する不満の伝播を阻止するための言論統制について話していきたいと思います。ありがとうございました。
●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●
(※当記事の内容は2019年3月時点の情報となります。情勢変化にご注意ください。)