現役ロシア語講師によるロシア語勉強法

~ロシア語ガチ勢のためのブログ~

ロシア・プーチン政権の対外世論工作と欧州政策について①~EU離脱問題への介入~

当記事を覗いていただき、ありがとうございます。

本日は、プーチン政権の近年の対欧州政策を中心に書いていこうと思います。

 

英国のロシア脅威論

 

1.スクリパリ事件の深刻度

2018年に英国で激震が走ったニュースとは、何といっても元ロシア・スパイ毒殺未遂事件でしょう。英国南部の小都市ソールズベリーで、元ロシアのスパイであるセルゲイ・スクリパリ氏と娘のユリア氏が意識不明の重体で発見された事件です。

 

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(神経剤に接触して一時重体となったユリア・スクリパリ氏: 毎日新聞より)

使用された毒は、軍事レベルで利用が想定されている神経剤ノヴィチョークでした。恐ろしいことに、この事件に地元のイギリス人も被害を受けており、うち3児の母親が亡くなっています

 

本件は日本とは直接的な関係が無いので反応は鈍いですが、考えてみると心胆を寒からしめるような話です。

 

例えば、日本のとあるど田舎(例えば熊本)で、海の向こうから来た某国のスパイが化学兵器をぶちまけて地元住民が死ぬという事案が発生したら、恐ろしい騒ぎになるでしょう。

 

スクリパリ事件では英国とロシアの間に位置する西欧諸国(主にNATO)とアメリカが激しく反応し、相次いでロシア人外交官の追放という緊急措置を発動しました。

 

2.英国はロシア暗殺事件の舞台

英国では過去に、元露スパイのリトビネンコ氏が放射性物質ポロニウムで毒殺された事件(06年)や、かつてプーチンと不仲にあった財閥のベレゾフスキー氏が亡命先の英国の自宅で死体となって発見される(自殺と判定)など、血生臭い暗殺劇の温床となっているだけに、ロシアとの外交では相当な神経を尖らせているはずです。

 

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事件前と後のリトビネンコ氏。同氏はロシア連邦保安庁の元職員で、ベレゾフスキー氏暗殺を組織側から指示されたと主張した。また、チェチェン問題に関してもロシア政府の対応を糾弾していた。写真は vladtime.ru より

 

リトビネンコ毒殺事件に端を発する英露間の諸問題では、英国側がロシア人の実行犯引き渡しを要求し、ロシア側が事件そのものの関与を否定、その対抗措置として英国がロシア人外交官の追放、その報復措置としてロシアが英国人外交官の追放、という構図が形成されつつあります。

 

 

2.ロシアはEU離脱にも介入した?

ロシアが米大統領選に不正介入した疑惑(ロシア疑惑)は有名ですが、EU離脱(ブレグジット)を問う国民投票でもロシアが暗躍したのではないかと見られています。

 

国民投票直前になると、ツイッターではEU離脱に関する意見を述べるアカウントが急増、英タイムズ紙によると、不自然なアカウントのほとんどが離脱を煽るような投稿をしていました。

 

勿論、ロシアは一切の関与を否定していますが、ロシアにはSNSを通じて外国の内政に干渉を試みるための専門介入工作会社「IRA」が暗躍しているとの共通認識が欧米では一般的になっています。

 

IRAは、まことしやかな偽の情報(フェイクニュース)を大量にSNSに投稿・拡散し、標的とする国の内部で分断を煽る手法が知られています。

 

例えば、米大統領選で共和党のトランプ大統領を当選させたいと考えたロシアは、民主党に悪い印象を抱かせるような投稿をfacebookに大量に投稿したとされています。

 

ロシアにしてみれば、EUと英国を分断させ、西欧反露勢力の結束力を削ぎ落すことが国益に繋がるので、こうした動機に突き動かされた工作と見るのが自然でしょう。

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(ロンドンに現れた広告。英国のEU離脱決定にロシアが関与したと宣伝している: ロイターより)

 

 ロシアの対外世論工作:シャープパワー

 

1.シャープパワーとは

シャープパワーという新しい概念があります。米国のクリストファー・ウォーカー氏が論文で使用した単語で、中露などの独裁的な国家が、標的とする国のふところで世論工作を活発的に仕掛けることを言います。

 

中露と対峙する欧米諸国には民主的な国家が多く、情報へのアクセスが比較的容易です。中露はこの開放性をうまく利用し、自国の国益に適うような世論を外部から形成していく手法を使っています。

 

因みに、シャープパワーは「ハードパワー」と「ソフトパワー」の用語をもじったように思われます。ハードパワーとは、大国が軍事的な示威行為や経済制裁などを用いて物理的に敵国を追い込む伝統的な外交手段です。

 

一方、ソフトパワーとは、文化や経済力といったその国の魅力が他を惹きつける手段となる力のことを指します。「クールジャパン戦略」はまさにソフトパワーの好例と言えるでしょう。

 

大変興味深いことに、ウォーカー氏は中国の「孔子学院」をシャープパワーに分類しています。

 

孔子学院は、海外諸国の教育施設と提携する形で中国語や中国文化の普及を目指している機関です。一見すると、ソフトパワーの一種に思えますが、実情として、授業で台湾やチベット問題を取り上げることを厳禁するなど、政治色が強いとの報告が相次いでいます。

 

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(孔子学院に反対する集会: twitter「富士山」氏のページより)

 

2.ロシアはどのようなシャープパワーを駆使するのか

ロシアは、バレエの海外公演やロシア語教育の海外普及を積極的に行っています。ロシアの文化的な魅力を伝えることで、ロシアという国のイメージ向上を狙えるわけですから、これはソフトパワーの一例と分類できるでしょう。

 

しかし一方で、上記に示した通り、ロシア疑惑やブレグジット介入の疑惑を「シャープパワー」の一環として取り上げることが可能でしょう。

 

次回(②)では、ロシアのシャープパワーの他例と、対欧州政策について書いていきます。ありがとうございました!