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歴史的問題作 『カラマーゾフの兄弟』のまとめ② ~嘘をつきながら生きていく 女性編~

 

当記事を覗いていただき、ありがとうございます。

中島です。

 

前回は、次男イワン・カラマーゾフの嘘について話しました。今回は、イワンと同じく自己矛盾に陥っている女性の登場人物、カテリーナとホフラコワ夫人について考えてみたいと思います。

 

カテリーナ・イワーノヴナ

 

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(КИНО-ТЕАТР.РУより)

 

カテリーナは中佐の令嬢で、気位が非常に高く、高慢で自尊心の強い美貌の女性です。彼女の思考と行動の根底には自分のプライドの死守が常にあり、それ故に物語の展開に一層の複雑さを与えてしまいます。

 

純真で高潔さを保っていたカテリーナは、家族を救済するためにドミートリに借金を申し込みに行きます。淫蕩で無思慮な男を前に彼女は高いプライドを捨て、自分の肉体と借金の交換を申し出てしまいます。しかしながらドミートリは、性的な衝動を抑え込み、無条件で金を渡します。

 

尊敬できない男に頭を下げ、そのうえ、自分の体を拒否されたという二重の屈辱を味わったカテリーナは、この男に報復することを自身に誓います。

 

物語の進行に則して言うと、彼女はドミートリに求婚し、許嫁になりました。屈辱を受けたドミートリへの激しい執着心が、彼女自身の中で愛情と錯覚してしまったという意見もありますが、"屈辱を与えた男への復讐"こそが彼女の行動を突き動かす本心であると言ってもいいでしょう。

 

偶然、多額の遺産を相続することになったカテリーナは、ドミートリに借金を返済し、逆にドミートリに金を預け渡す場面が登場します。

 

無思慮で感情的なドミートリならば、惚れ込んでいる女(グルーシェニカ)にその金を使い込んでしまうだろうと、彼女は打算的に金を渡しているのです。もしドミートリがその金に手を付けてしまうと、「許嫁から預かった金を惚れている女に使ってしまい、妻に頭が上がらない卑劣な男」という既成事実を作ることができ、報復を果たすことができるのです。

 

カテリーナの場合、自分の本当の愛情の向かう先は結婚相手ではなく、自身のプライドそのものであるといえます。彼女自身もまたイワンに惚れ込むようになりますが、ドミートリへの執着心を捨てることができないでいるのは、異常なほどに高い自尊心が大きな要因となっているからではないでしょうか。

 

ホフラコワ夫人

 

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(MYSLO.НОВОСТИより)

 

ホフラコワ夫人の人間性は、

 

●人の噂話が好きな上流階級の女性

● 性的な欲求不満を抱えている

●信仰心が薄い

 

と端的に表現できると思います。

 

彼女の嘘は、"愛を人々に施したいが、その主たる動機は自分に向けての称賛や感謝の言葉”であるという点にあります。人々を無償で愛したいが、実は一番大切にしているのは形のある報酬である、ということです。

 

夫人は、車イス生活を余儀なくされている娘リーザを連れて長老ゾシマのもとに足を運びます。そして、来世のことが信じられないという自身の悩みを打ち明ける中で、「苦しんでいる人々の看護婦になりたいけれど、自分が施す愛に対して感謝と称賛が無いとまともに務まらない」とゾシマを前にして真剣に告白しています。そのうえ、この正直さを告白することによって、ゾシマから褒めてもらうことを期待していました。

 

ゾシマはこの夫人の告白に対し、むかし話したことのある、"ある医者"についての話を始めます。その年配の医者は、人類愛という広大な博愛精神に意欲的であればあるほど、自分に近しい個々の人間への愛は薄れていく、と話していました。

 

ゾシマは、この医者の譬えを持ってきて、看護婦になって様々な人々に愛を施したいという空想的な愛ではなく、身近な人に対する実行的な愛を積めと説諭します。

 

空想的な愛はそれに対する称賛を求めるだけで継続はせず、実行的な愛で完全な自己犠牲の境地に到達した時こそ、信仰上のいかなる疑念も消滅する、というのです。

 

ゾシマの説教する"身近な人"とは、夫人の娘であるリーザに他なりません。リーザという娘は、アリョーシャに対し思わせぶりな態度をとったり、イワンに「人がはりつけにされている前でパイナップルの砂糖漬けが食べたい」と告白するなど、加虐愛をもっている女の子です。

 

この年頃の娘が不健全な精神を育んでしまった原因は、やはり、母親であるホフラコワ夫人の愛情不足にあるのではないでしょうか。リーザに真っ向から向き合って、実行的な愛を注いでいきなさい、とゾシマは説教してるのです。

 

いかがでしたでしょうか。前回に引き続き、今回は嘘を抱えて生きる登場人物について考えていきました。

 

実は、イワン、カテリーナ、ホフラコワ夫人よりも、群を抜いて嘘をついて生きている人間が物語には登場しています。それは、カラマーゾフ家の父親フョードルでしょう。彼は自分自身というものへの嘘という以前に、そもそもアイデンティティが全くない男です。金や女を手に入れるためなら、騙し負かす相手に応じてカメレオンのように自分を自由自在に巧妙に変形させることができるからです。これといった信念も良心なく、天賦の道化ぶりで全ての障害や不都合をすり抜ける徹底ぶりは、もはや嘘や矛盾という言葉では収まり切れません。